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Saturday, November 21, 2020

鹿児島交通 さつま湖ロープウェイ(539m)

○公式HP
 公式サイトはありません。

○場所
 鹿児島県日置市吹上町
 伊集院駅から17km
 tel.0993(52)0910(吹上浜公園)

○路線
・廃止(1):さつま湖ロープウェイ(539m)(三線交走式普通索道)
(太字は筆者の走破線区)

○取材記
 ふたたび鹿児島に来ています。今日は薩摩川内のBHからスタートです。午前中に宮之城線の廃線跡巡りをしまして、午後の3時ごろに吹上浜海浜公園に着きました。
 ここにはかつて鹿児島交通の南薩線が走り、さつま湖駅から、それに接続するロープウェイが薩摩湖の対岸にあたるつつじが丘に向かって走っていました。そんなところを散策してみます。と言っても今では殆ど跡は残っていないようですが。
 吹上遊園地駅(山麓駅)のあった場所は、ここだという場所はわからないものの、何かあったららしき駐車場になっていました。ちょうど鹿児島交通の吹上浜公園のバス停のあたりかと思われます。対岸の山頂駅のエリアには何故入る道がなく入れませんでした。バスの転回場の奥から登る道しかないようですが立入禁止となっています。
 薩摩湖を挟んで対岸側から見ると、かつての山頂駅の残骸が残っているのが見えます。花火大会の火によって火災が起きて、かつての山頂駅舎を消失したとのことで、現在はその残骸だけが残されて状態となっています。
 さて、今回の旅行はこれまで。


(メモ)
 南薩鉄道様がこちらのサイトで詳しく調べておられました。


○吹上遊園地駅(山麓駅) 遠景
 吹上遊園地駅は写真の左側の駐車場の奥にありました。鹿児島交通の鉄道路線は写真の左のさらに外側に走っていました。

○鹿児島交通 南薩線の廃線跡?
 鉄道の廃線跡はこのあたりでしょうか?既に跡はよくわからなくなっています。

○吹上浜公園 バス停
 ロープウェイの吹上遊園地駅はちょうどこのバス停の奥の駐車場にあったものと思われます。

○鹿児島交通(バス路線) さつま湖
 鉄道の薩摩湖駅はこの写真の左側の写真から外れたところにあったようです。


○つつじが丘駅(山頂駅) 遠景
 現在山頂エリアは立ち入ることができませんが、かつての山頂駅の遺構が残っています。山頂駅の建物は火災で焼け落ちてしまったとのことです。

○つつじが丘駅(山頂駅) 伊作側から 遠景
 伊作側からなら立入禁止エリアになる前に近寄れるかな?とうろうろしてみましたが、そもそも登り口がないようです。

(’14年11月23日取材)

Sunday, September 23, 2018

鈴蘭高原 鈴蘭高原スキー場

○公式HP
 ここをclick!
 (スキー場は閉鎖となりましたが、ゴルフ&別荘は引き続き営業しています。)

○場所
 岐阜県高山市朝日町西洞
 高山駅から34km
 tel.0577(57)2111

○リフト(廃止前の情報)
 ・廃止(10):朝日村(鈴蘭シャンツエ)(286m)(単線固定循環式普通索道)
        中央トップライナー(1012m)(単線自動循環式特殊索道)
        第1シングル(325m)、北山トリプル(1049m)、中央第4ペア(743m)
        中央第3ペア(763m)、北山第1ペア(765m)、中央第5ペア(232m)
        中央第6ペア(778m)、北山第2ペア(762m)
        (単線固定循環式特殊索道)
 (太字は筆者の走破線区)

○走破記
 この日は中津川のBHより活動スタート。国道418号を通り、潮見峡愛の森モノレール、大滝鍾乳洞に行き、ここが3ヶ所目。
 筆者がどうしても乗れなかったロープウェイがあった鈴蘭高原スキー場です。’06年には閉鎖になっていますので、閉鎖から7年後ということになります。
 楽しみにして来たのですが、入口のところに”告 場内全面立入禁止です。山菜・花木の採取は固くお断り致します。 鈴蘭高原スキー場”と張り紙がしてあり、警察のご厄介になってもマズイので、公道上から数枚撮影して退散することにしました。
 もし次回来ることがあれば、次は許可をとってから来た方がが良さそうですね。
 さてこの日は長距離の移動でした、早めに宿まで行って休みましょう。ここからまた遠いな〜

○スキーセンター跡
 大きな時計がとっても印象的なスキーセンターの建物は、まだ現存していました。
 何かに再利用する予定なのでしょうか。

○ゲレンデ跡
 既に全てのリフトは撤去されています。樹木は今の所まばらですが、植樹(再自然化)が行われているのでしょうね。

○中央トップライナー 山麓駅
 鈴蘭高原のリフト名は時期によって異なるので追うのが大変ですが、自動循環式は1基しかないので比較的分かり易ですね。トップライナーと言ったり、中央クワッドと言ったり難しいですね。

○朝日村ロープウェイ 山麓駅跡地
 ジャンプ台(シャンツエ)施設とロープウェイは山麓駅はまだ残っていました。デジカメのレンズを望遠にしてなんとか撮れました。
 こちらの方の道は閉鎖されているので目の前まで行けないのが残念です。
 ロープウェイは右側のラージヒルのさらに右にあったようです。なんとなく跡地っぽくなっているのかな?

(’13年04月29日取材)

Saturday, April 15, 2017

安全索道 手柄山スカイウェイ(286m)

○公式HP
 ここをclick!
 (手柄山交流ステーションにリンクしています)

○場所
 兵庫県姫路市西延末440
 姫路駅から3km
 tel.079(299)2500

○路線(取材日現在)
 ・廃止(1):慰霊塔南下〜南山(286m)(単線固定循環式普通索道)パルスゴンドラ
 (太字は筆者の走破線区)

○取材記
 この日は姫路のBHを出発し神戸・姫路付近の鉄道遺構などを電車を乗ったり降りたり、あるいは歩いたりしながら巡りました。この日最後の目的地は手柄山交流ステーションにあるモノレール展示室。そういえばここ(手柄山スカイウェイ)も行かなか行けないなと急に思い立ち予定に急遽加えました。下準備(と時間)が不十分だったので消化不良の記事となっているのですがお許しくださいませ。
 さて、前稿の姫路市営モノレールの手柄山から接続してロープウェイが運転されていたことは、正直あまり知られていない。運転期間も開通が’66年11月03日、廃止は不明だが(’67年中)と1年弱の運転期間となっていて、これでは知られていなくても無理はない。しかも驚くことに姫路博覧会のパビリオンの一部との文章が多い?中、実際にはこのロープウェイはその博覧会の終了後に開通していることになります。
 このロープウェイは単線固定循環式で、いわゆるパルス式というものです。しかも360度の展望が確保できるように客車内の座席が回転するようになっていたようです。このように座席内が回転するゴンドラは、この後に開催された大阪万国博覧会の会場内に設置されたロープウェイにも取り入れられています。ひょっとしたらこの線はその実験線だったのかもしれません(適当に書いていますが)。ゴンドラは茶筒型で色は金色とか銀色とかいう記載がある資料もあるけど、実際のところははっきりとしません。手柄山交流ステーションのジオラマでは赤に塗られていました。
 この路線は遠景に見える植物園前(慰霊塔南下)の北側に山麓駅があり、手柄山公園内のサンクガーデンを超えて、旧手柄山駅前にあった南山駅を結んでいました。山陽電鉄の手柄山駅から歩いてくるとこのルートを通るはずで山電からのアクセス用として作られたのでしょうか?幸いなことにどちらの建物も現存しているので、また時間をとって散策したいところです。
 姫路博覧会といえば、姫路博テーマ塔であった回転展望台も現存しているようです(’16年に市民の反対で取り壊しを免れた)。色々と気になる施設満載の姫路ですね。

(メモ)
 この稿を調べている途中でこちらの、麗しの姫路モノレールのHPに出会いました。この方は手柄山交流ステーションに写真提供をされている方のようです。ご紹介させていただきたいと思います。手柄山スカイウェイの写真もこのHPの中にありました。

○モノレール展示室の模型
 手柄山モノレール展示室にある。姫路大博覧会のコーナーのジオラマです。ここにしっかりと手柄山スカイウェイがありました。
 筆者は、現地確認の直前にこれを確認してからウロウロしました。場所がよくわかって便利です。

○路線
 路線は286mとかなりの短距離で、この写真ではサンクガーデンの向こうの遠景に見える植物園(ドーム状の建物)のすぐ手前に見える建物がかつての山麓駅跡とのこと。この短距離に搬器内の座席が(回転展望台のように)回転するゴンドラが運転されていたのですから、景色を見るのは忙しかったでしょう〜。

○南山駅(山頂駅)
 手柄山交流ステーションを出てすぐ。モノレール駅前と言うべき位置にかつての山頂駅があります。近年まで売店として営業していたとの情報がありますが現在は閉鎖されています。

(’12年08月13日取材)

Monday, April 10, 2017

姫路市交通局(姫路市企業局交通事業部) モノレール(1.6km)

○公式HP
 ここをclick!
 (手柄山交流ステーションにリンクしています)

○場所
 兵庫県姫路市西延末440
 姫路駅から3km
 tel.079(299)2500

○路線(取材日現在)
 ・跨座式鉄道(1):姫路〜手柄山(1.6km)(ロッキード式モノレール)
 (太字は筆者の走破線区)

○取材記
 この日も姫路のBHからスタート、シーサイドホテル舞子ビラ神戸などを見学後、山陽電鉄の手柄で下車しモノレール展示室のある手柄山中央公園へ徒歩で向かいました。
 このモノレール展示室とは、モノレールの旧駅である現在の手柄山交流ステーション。ここが今回改装されかつての姫路モノレールの車両、駅舎などが当時の姿に復元され、展示スペースになってオープンしたもので、これは行かなくてはならないmustな施設で、早速行ってみることにした。
 この姫路モノレールは、かつての姫路市交通局が未来への交通機関として、姫路第博覧会に合わせて姫路〜手柄山間に開業したもので、その開通は’66年05月17日。しかし利用客は少なくその僅か8年後の’74年04月11日には休止、そして’79年01月26日には廃止となっている。ところが姫路大博覧会の開催期間は’66年04月03日から06月05日までで、この開催期間の大半にはモノレールは間に合っていなかったことになる。この理由は前年の大水害と姫路駅付近の用地買収に手間取ったためだとされている。
 さて、では展示室へ。展示室には当時のモノレール車両があり、しかも驚いたことにその内部にも入れる。駅の展示には当時のままの広告がありまるでタイムスリップしたかのようだった。このスペースは無料でしかも水族館の出口にもなっているためか、とても多くの人でごった返していた。また全事業が神姫バスへ移管された姫路市営バスの展示、そして中央には姫路大博覧会の様子とのそのジオラマがあり大変に満足できる内容だった。
 筆者はこのあと姫路駅までモノレールの廃線後を見ながら歩いた。そして長距離の移動となります。

(メモ)
 姫路市のホームページには広報ひめじの閲覧ページがあり、当時のものも閲覧できて大変に参考になる。なかでも’65年05月号はモノレールの特集ページがあり、計画当時の姫路〜大将軍間のパース図の掲載もあり大変興味深い。

○モノレール姫路駅
 かつてのモノレール姫路駅はこのレンタカーの裏側から山陽デパートの新館にかけて建っていたようです。割と近年まで遺構があったのに、いつでも撮影できるやと写真は撮っていませんでした。勿体無い。

○大将軍駅
 BHとマンションを併設した大将軍駅です。撮影時にはすでに撤去することが決定していて、住居部分の立ち退きが進みゴーストタウンのようになっていました。
 余談ですが、中国も重慶モノレールにもこのような建物を貫く駅があるようです。しかもここととっても雰囲気が似ています。

○手柄山駅(手柄山交流ステーション)
 旧手柄山駅です。手柄山交流ステーションとしてモノレール展示室と水族館が入っています。かつては右側にあるアーチ状の入り口からモノレールが出発していたようです。

(’12年08月13日取材)

Saturday, September 20, 2014

奥多摩湖観光 川野−三頭山口(622m)

○公式HP
 公式ページはありません
 (ロープウェイは既に廃止になっています)

○場所
 東京都西多摩郡奥多摩町川野262
 奥多摩駅から10km
 tel.0428(86)2253
 (電話番号は美山亭さんの番号です。目標用ですのでコールはしないで下さい)
 (ロープウェイは既に廃止になっています)

○路線(取材日現在)
 ・廃止(1):川野−三頭山口(622m)
 (太字は筆者の走破線区)

○DATA(普通索道)
 ・三線交走式
 ・'62/01/29開業
  '66/12/01から休業
  '06/??/??廃止?

○取材記
 早朝に自宅を出て青梅線の羽村からレンタカーを借ります。今日の目的地は奥多摩です。
 紅葉の美しい秋のハイク日和ですが、このブログにそんなハイクが登場するはずもなく。この日は奥多摩のディープな廃線巡りで、奥多摩湖ロープウェイ、奥多摩工業水根貨物線(旧東京都水道局小河内線)、奥多摩工業氷山鉱山(曳索鉄道)に行く予定です。氷山鉱山には専用索道もあったようですがそこには行っていません。廃道のHPで知られる”山さ行がねが”にはその詳細なレポートがあるようです。筆者のところは、基本お気楽ブログなのでこんなディープな取材は出来ません(笑)。
 さて、五日市線の既に廃止になっている武蔵岩井駅跡を軽く経由して、向かうは奥多摩湖ロープウェイです。休止から既に50年近くの歳月の流れた廃墟です。多くのHPで紹介されているように比較的綺麗な状態のようで楽しみです。
 川野駅の近くまで車で乗り入れ歩いて向かいますが…。DNQ対策に手を焼いているのか、厳重に背の高い柵が二重に張り巡らされ、”立入禁止”の看板が至るところに貼られ、全く駅に近づく事が出来ません。柵を突破して入って行くことも考えたが、警察に通報されかねなく断念です。ただ諦めきれずに、駅の周りを廻って他の道を探してみましたが、他に道はないようでした。
 次に三頭山口駅側へ向かいます。こちら側は事前の情報では、奥多摩周遊道路の料金所の脇に階段があるが、雑草がすごく草刈りの鎌でもないと駅に近づくことは不可能とのことで、あまり期待せずに行きました。しかし、たまたま管理者?の方が掃除に入った直後だったのか?運のいいことに駅までの道の草刈りがされていて無事に近づけました。筆者の日頃の行いが良いからでしょうか?(ん?聞いてない?どうでもいい?そうですか…)。
 駅は長らく雑草に埋もれていたからなのか?比較的荒れも少なく綺麗な状態でした。そして、草木に埋もれた状態で、みとう号がいました。ドアが開いていましたが、いつ落下してもおかしくないのでなるべく乗らないように。駅脇には屋上に上がれる階段があり、ロープウェイの全線が見渡せる展望台がありました。あがって見ると紅葉の林と湖越しのたるんだ索条の先に山麓側の川野駅が見えました。
 このロープウェイは’62年1月に小河内観光開発の路線として開通しています。当初はもの珍しさも手伝ってか、多くの乗客がいたようですが、このロープウェイのすぐ隣に湖を渡る橋が開通した事によって致命的な打撃を受け、’66年10月には休止になり、そのまま放置されて現在に至っています。つまりは、開通当初には三頭山口駅側には満足な道路はなかったことになるのですが。いったいこの駅で降りて何をしたのでしょうね?
 さて、写真も撮れたし満足したところで、次に奥多摩工業の2線に向かいます。こちらの方は材料不足でブログでの公開はやめておきます。この取材時には止まっていた奥多摩工業氷山鉱山(曳索鉄道)は廃線なのかと思ったら、未だ動いているというネット情報もあるようです、よくわからんね。また行かなきゃいけないかもしれない(自爆)。

(お願い)
 この奥多摩湖ロープウェイの廃墟はネットなどで有名になりすぎたからか、実に多くの訪問者があるようで、荒らされ方がひどくなっているようです。
 噂では駅での撮影(さらにはメイク室を作ったり、大量の道具を持ち込んで、廃棄したり)をはじめ、ひどいのになると寝泊まりしたり、火を使って料理をしたり、ゴミを放置したり、散らかしたり、器物を破壊したり…。筆者も勝手に入っておいて言える立場ではないのですが、見学される方は荒らさないで下さい。ゴミはお持ち帰り下さい。お願いいたします。


○山麓駅(川野駅)
 山麓側の川野駅です。DNQ対策が何重にもされていて、これ以上近寄れないようになっています。
 沢山の”立入禁止”の標示が目につきます。筆者が言うのもアレですが、無断侵入対策に手を焼いておられる様子です。

○山頂駅(三頭山口駅)
 対岸の三頭山口駅の正面です。この駅はここへの進入路がないのですが、いったいどうやって利用していたのか?謎な駅です。
 この駅の背後の山が、三頭山ですが、登山道があったのでしょうか。

○搬器
 休止から長い年月放置されていて。草木が茂り再開は勿論不可能でしょう。
 搬器はみとう号です。清掃の為か?たまたま駅までの道の草刈りがされていたので、近づくことが出来ました。

(’11年10月23日取材)

Tuesday, August 05, 2014

神戸市都市整備公社 表六甲−天狗岩−六甲山頂カントリー(2268m)

○公式HP
 タイトルをclick!

○場所
 兵庫県神戸市灘区六甲山町北六甲4512-336
 有馬温泉駅より徒歩15分の六甲有馬ロープウェイに乗り六甲山頂下車すぐ
 tel.078(891)0031

○路線(取材日現在)
 ・休止中(1):表六甲線(2268m)
 (太字は筆者の走破線区)

○DATA(普通索道)
 ・三線交走式
 ・'70/08/26開業
  '04/12/19休止

○走破記
 (’11年08月19日の取材)
 有馬の温泉宿を遅めに出て、六甲有馬ロープウェイで六甲山頂へ、六甲山頂カンツリーの展望台連絡リフトにでも乗ろうと思ったが運休の憂き目に遭い、六甲ガーデンテラスから神戸市街地を望みました。
 ガーデンテラスからはかつての表六甲線のほぼ全線が見えたので、思わずカメラしました。廃止後かなり時が経過しているのですが、未だに索条が残り見た目ではいつでも復活できそう?しかし良く見ると支柱に錆が浮いていたり…遠景に望む天狗岩駅の独特な形が良く解ってとってもおもしろ〜い♪と、場違いなガーデンテラスでひとり興奮していました。
 さて、名残惜しいですが、六甲山をあとに、次の目的地へ向かいます。

○中間駅 天狗岩駅(遠景)
 中間駅の天狗岩駅です。ネットの情報によればこの駅での下車も可能だったとか?
 駅は表六甲駅と六甲山山頂カントリー駅の中間にあり乗換える構造になっていました。索条は120度(かな?)の角度で滑車を通じて結ばれていて運転は4基の搬器が同時に動くとっても珍しいシステムでした。

○表六甲線 第4支柱
 展望台の駐車場近くにはこの大きな第4支柱があります。展望台から谷側を望むと近い所に第3支柱があってそこから大スパンがあって天狗岩駅になります。

○表六甲線 第5支柱
 六甲山カントリーハウスから展望台までの間、というよりは六甲山頂駅を降りてすぐにある第5支柱です。

(’11年08月19日、’12年08月11日第2回取材、’97年10月12日取材)

Saturday, July 05, 2014

兵衛旅館 兵衛向陽閣

○公式HP
 タイトルをclick!

○場所
 兵庫県神戸市北区有馬町1904
 有馬温泉駅から0.2km
 tel.078(904)0501

○路線(取材日現在)
 ・廃止(1):万年−蓬莱−向陽(0.1km)(ケーブルカー)
 (太字は筆者の走破線区)

○DATA(ケーブルカー)
 ・単走式
 ・'57/??/??開業
  '80/03/21廃止

○取材記
 この日泊まったのはよこしまな理由からここ兵衛向陽閣としました。この旅館はかつてケーブルカーを走らせていたことで有名?で、しかもある方のホームページを見ていたらその駅名標があるとのことでそれは見て見たいと思ったのです。
 さて、筆者はこの(8月18日)昼間にチェックインの為に当旅館へお伺いし、その時に従業員の方に案内していただいたのですが、なんと!筆者の旧式の2台のカメラは全カメラがダウンで撮影不可能という事態(因にフイルム切れとバッテリー切れでしたw)に陥ったので、翌日に再度案内していただくことにになりました(関係者の方、お手数をおかけしてすみません)。その時に駅名標の展示について、お伺いしてみましたが、現在は展示はしていません(ありません?)とのことでよくわかりませんでした。
 で、翌(8月19日)に再度、案内していただくことになりました。今度は”自由に見ていいですよ〜、終わったら連絡してくださいね〜”とのことで、充分に時間をかけて見れました。
 兵衛旅館のケーブルカーは現在の連絡所がある場所の裏側に万年(萬年)駅が、現在の南館と西館を結ぶエスカレータの一番下側のところの西側(窓のすぐ外)に蓬莱駅が、そして現在の西館の建物のある場所に向陽駅があった、全長0.1kmのとっても短いケーブルカーでしたが、れっきとした鉄道事業法の許可を受けた鋼索鉄道でした。残念ながら’80年の3月21日に廃止となっています。ということは廃止になってから実に31年の月日が流れているのですが、旅館の敷地内ということもあって路盤などがちゃんと残っていました。
 万年と蓬莱の駅の間は鉄橋となっていましたが、現在はその鉄橋をそのまま生かして、非常用階段が作られています。南館の一番西側の突き当たりの外側が、かつての蓬莱駅跡ですが、残念ながら駅の痕跡と思われるものは見当たりませんでした。蓬莱駅から向陽駅の間はコンクリートの路盤がちゃんと残っていて、枕木らしきものが見えたり、コンクリート橋が残っていたりします。ここのコンクリート製の路盤には蓋?が掛けられていて、配管用のスペースとして再利用されているようです。その先は西館の擁壁になっています。向陽駅の跡は西館の増築の時に失われたとの案内を受けています。
 従業員氏のお話によれば、見学に来られる方は殆どいないそうです。読者の皆さんもおひとついかがですか?w
 さてチェックアウトして、今日はどこにいこうかな?

(メモ)
 公式HPにはCMライブラリーがあり、1980年以前のものにはかつてのケーブルカーの雄姿が、あの”♪ありまひょう〜えのこうようかくへ”という(関西地区では)有名なCMソングとともに見られます。

(メモ2)
 
この年、AKB48とのコラボCMが放映されていました。館内にはAKB48の大きなポスターが、そして再現CMも放映されていたようです。先程のCMライブラリーから見ることができます。


○鉄橋の山頂側、蓬莱駅付近
 非常用階段として使用されている、かつての路線跡。橋の上に階段を取付けるなどの利用するための改良がされていると思われ、一見では廃線跡には見えない形になっています。
 ここから山頂側に繋がる山頂側の廃線跡とは落差があるので、この駅付近は整備(従業員通路の設置)などで路盤の高さが変わる工事が行われているものと想像されます。
○蓬莱駅付近と館内のエスカレータ
 現在の南館に連絡していた蓬莱駅の跡。
 くまなくうろうろしてみましたが、どこがどのように駅だったのかは良く解りません出した。中間駅だったこともあり、こじんまりとした駅だったのでしょうね。公式HP(リンク先)には、この駅を山麓側から見た写真が掲載されています。

○蓬莱駅〜向陽駅間のコンクリート橋
 蓬莱駅と向陽駅間に架かっていたコンクリート橋です。
 路線跡は向陽駅の方に向かって続いていますが、向陽駅のところは西館の増築で失われたとのことでした。

(’11年08月18、19日取材、未走破)

Thursday, May 22, 2014

屋島登山鉄道 屋島登山口−屋島山上(0.8km)

○公式HP
 公式HPはありません。

○DATA
 ・単線二両交走式
 ・'29/04/21開業
  '05/08/31廃止

○場所
 香川県高松市屋島中町141
 琴電屋島駅から0.2km
 tel.0878(41)1551

○走破記
 今日は高松のBHを早朝にスタート。前項で大騒ぎしたカメラの電池は、昨日そのBHのある高松の誇る中心繁華街(兵庫町)にあるカメラ店でナントカみつけることができました。しかしながら、筆者はこの旅行でもう一つミスを犯していました。筆者はフイルムカメラを持って旅行する時には、フイルムでは撮影条件が厳しいところ、フイルム装填ミスや現像ミスなどの事故に備えて、必ずコンパクトデジカメの併用するのですが、この旅行ではこれも忘れて来てしまっています。とここまでが言い訳です。
 というのも、この項の写真が酷いドアンダーなのですが(修正もせずにそのまま上げています)。これは、廃駅の構内は昼間でもとっても薄暗く、写真撮影には苦心しています。こんな写真でも絞りは開放(F4.5)、シャッタースピード1/8で死にものぐるいで手持ちで撮っています(ちなみにレンズはMamiya N 43mm、フイルムはProvia100F)。
 さて、そのBHからトボトボあるいて瓦町駅に出て琴電に乗車。とんとことんとこ電車に揺られて琴電屋島にて下車。屋島山上までは駅前からシャトルバスが運転されているのですが、来るのが早過ぎてまだその始発前でした。そこでそれまでの時間を利用して、旧ケーブルカーの山麓駅を見に行く事にしました。すでに廃止から5年以上の歳月が流れていて、既に多くのクモの巣が張ったり塗装が禿げたりして廃墟感が増してきている。しかし駅舎の内部はしっかりと施錠されているためか、荒らされている雰囲気はないようでした。駅のホームに入りたいなと思ったが、簡単には入れそうになかったので、簡単に諦めてw、先程のシャトルバス乗場まで戻ってバスで山頂へ行く。
 先ずは四国88カ所第84番札所の屋島寺に参拝をすませる。四国のお遍路さんは上級者が多いのか、筆者がせっかくだからロウソクでも買ってと思っていたら、後からひとりのお遍路さんがやってきて、ポケットから自前のロウソクとお線香を取り出して速攻でお供えを済ませて立ち去っていきました(なんだか、学生のころやっていた電車の乗り潰しを思い出してしまった(失礼w))。そんなところで屋島寺をあとにし、旧山頂駅である屋島山上駅に向かう。勿論、まだ見事に駅舎が保存されていました。
 しかし、駅前に建つ土産店の店の方が、お店の荷物整理をしていて、その方の目もあり、駅の中に入り込むのはマズイかな?と思ったのだが、その誘惑には勝てず出口と書いてあるところから、ホームへ入り込んだ(実際は不法侵入なので、目があろうとなかろうとマズイことには違いないのだが…)。入ってみると薄暗いホームに”2”が寂しそうに停車していました。
 ひととおり、舐めるように眺めて、そして飽きるまで撮影して、勿論施錠されているところには入らず、決して荒らさず。多少のゴミは拾って(というか管理者の方が居られるのでしょう、実に綺麗な駅でした)。そのあと線路沿いに山麓まで降りようかなと思ったのですが、すぐ先に見えるトンネルの向こうにとっても草むしているのが見え、途中で薮こぎになっても面倒なので素直に登山道で降りることにしました。
 琴電屋島駅に向かうべく素直に真っ直ぐ降りたつもりだったのですが、着いた所は潟元駅でした。
 さて、次へ向かうとしますか?

(メモ)
 ニュースなどによれば、’13年01月には山頂駅に停車していた車両は、災害時の危険性から山麓駅まで降ろされ、現在は2両とも山麓駅に停車している状態になっているとのことです(また、見て見たいですね)。

(メモ2)
 各車両には愛称が付けられていて、”1”は義経号、”2”は辨慶号とのこと。SLみたいですね。

(’11年08月17日取材、’81年08月??日走破)

Sunday, April 25, 2010

サンケイバレイ カーレーター(2000?m)

 ここの読者の”堺さん”という方から’03年2月当時にいただいた情報です。ずいぶんと長い間放置してしまって大変に申し訳ありません。同時に当時の地理院の地形図もいただきましたが、著作権の関係から掲載は見送りました。

 サンケイバレイ(現:びわ湖バレイ)にかつて現在のロープウェイに並行して存在した、カーレーターの’03年01月13日現在の特に山麓側の廃線跡の様子です。とっても興味深いものがあります。

以下、いただいた情報です。
 昭和40年7月サンケイ新聞の資本で開設。動く登山路とも言える世界最初の登山用運輸機関「カーレーター」の長さは約2000m。山麓の第一ステーションから打見山山頂の第二ステーションまで約20分で到着。

○DATA
 ・カーレータ
 ・開業:'65/??/??
  廃止:'74/??/??

○営業案内(営業当時)
 ・営業時間
   平日:8:00〜21;00
   土曜:8:00〜23:00
   日曜:3:00〜21:00
 ・運賃(往復)
   大人:¥450
   子供:¥300

 写真の現場は登り始めて90度に曲がったすぐの「トンネル」の入口付近です。地図によればトンネルは三ケ所あったと思われます。トンネル部分と人工構造物がつながっているのがわかります。もしかしたら山頂のレンタルハウスの地下には今もトンネルが存在する可能性は高いです。でも入らせてはくれないでしょうね(笑)

○トンネル入口
 山麓側の入り口を見つけることはできたのですが、残念ながら2メートル近い厚さのコンクリで壁ができておりました。そんなわけで侵入は不可能です。この壁の高さは大人の背丈の3〜4倍ぐらいはあるとのことでした。


○同トンネル上部から
 こちらはこの「壁」の上から撮影した画像です。この壁の上には土は50cm〜1mほど堆積しており、植物は自生しております。この「壁」から山側に向かって約20m(もしくはもっとあったかも)ほど平坦状になっており、どんつきから山の斜面になってます(この辺りの写真がないので説明がしにくいです。)。
写真前方の右側(雪が積もっている部分)が麓より登ってきたところです。ちょうど地図上で90度にカーブする付近です。


○同トンネル右方接近図
 壁の右側を接近して撮影してみました。僕が「トンネルを封印したのでは?」と思うひとつです。相当古そうな構造物(へりは石垣です)が奥側にあり、それを封鎖するかの様に近年つけられたコンクリが手前にあります。内部が埋められているのかどうかは分かりませんが、「(元)トンネル」と思える雰囲気です。


○シャッター
 現場の近辺に放置されておりましたガラクタ類です。推測するに施設のシャッターと思しきものでした。長さは約5mはあったと思います。他にも何個か放置してありました。色の付いた蛍光灯なんかもありましたよ(もちろん割れて散乱してますが)。


<
○第一ステーションより
 旧第一ステーションより撮影した写真です。山側に向かって木の生えてないところ(写真中央部)を登っていきました。普通に山登りをする程度の道です。30分ほどしたら現場に到着できますよ。


 ちなみにどこかのウェブサイト(登山日記みたいもの)で「平成12年12月までにカーレーター撤去の為に産廃運搬用の大型トラックが走っていた」と記述がありました。
 あんな山の斜面にあるのをいかにして撤去したのかすごく疑問に思っております。でもたしかに以前は山麓から見えていた構造物はなくなってますね。かなり莫大は費用がかかったと思います。今年(’03年)1月に「びわ湖バレー廃業」の情報がメディアに取り上げられてましたが、結局のところ「廃業しません」と言ってはるしよく分からないですね。先日、琵琶湖バレーに「カーレーターのことを教えていただけないか?」とメールで質問しましたが、一向に返事はないです(多分、知ってる人がいないのでしょう)

 僕の推測では、地上部にあった構造物は一応はすべて撤去して、トンネルの入口と出口だけ「セメントで封鎖」したと考えております。わざわざトンネルまで埋めてしまうとなるとそれ以上に費用がかさむはずですからね。この日はこの現場でストップしましたが、再度、雪が溶けてからこの尾根沿いを山頂に向かって登るつもりです。

 また新しい現場写真などが撮れましたら送信させていただきます。

とのことでした。堺さんありがとうございました。